150周年

リレーエッセイ

「桜の通り抜け」~その歴史と桜守の奮闘~

今や造幣局の代名詞の一つともなった「桜の通り抜け」。明治16年、時の遠藤謹助造幣局長の「市民とともに楽しもうではないか」との提案により構内の桜が一般開放されたのが始まりで、令和5年には140周年を迎えます。ここでは、その略史と通り抜けを支える現役職員の日々の奮闘についてご紹介します。

明治・大正の通り抜け

江戸時代、旧藤堂藩蔵屋敷で里桜を育成しており、造幣局は敷地と共にその桜を受け継いだと言われています。
通り抜け通路は当初約1kmありましたが、明治31年に約560mに短縮。明治42年時点で18品種287本、品種は一重の「芝山」が半数を占めていました。
大正に入ると来場者も増え、同6年には戦前最高の約70万人を集めました。当時は重工業の発展期で、煤煙で桜が枯死する事態も起こっています。「芝山」が半減し、一重八重の「御車返」が主流を占めるようになりましたが、その後これも激減するなど、品種の変遷が激しかったのがこの時代です。大気汚染に弱い桜樹の維持管理のために外部専門家の手を借りるなど、多大な努力を払っていました。


大正時代の桜の通り抜け
昭和の通り抜け

第2次世界大戦中の昭和17年には空襲警報発令により通り抜けは開催期間途中で中止され、また、昭和20年6月の大空襲では約500本中300本の桜が焼失しました。その後復活に向けた努力が行われ、昭和22年に再開。順次桜樹の補充も行われ、昭和26年には夜間開放も始まっています。
昭和30年代中頃には工業復興に伴い再び大気汚染の問題が持ち上がりました。現在主流を占める八重の「関山」は、この頃から本数が急増しています。
長く門外不出であった通り抜けの桜ですが、昭和40年に北海道松前町に移植され、また同町から寄贈を受けました。平成3年には長野県高遠町から同県天然記念物である「高遠小彼岸桜」の寄贈を受けるなど、外部との交流が行われるようになりました。
昭和58年には通り抜け100周年を迎え、各種記念行事も行われています。

平成・令和の通り抜け

平成2年、通り抜けの桜が全国の「桜の名所100選」に選ばれ、これを記念して「桜の通り抜けの由来碑」が建立されました。平成17年には、史上最多となる114万7千人の来場者を記録。一方で、平成23年には、同年の東日本大震災を考慮し、ライトアップの中止等を行うとともに、会場で被災者支援募金も行われました。令和2・3年度はコロナ禍で中止されました。
令和4年4月現在、138品種、335本であり、桜の名所として全国から来場者を集めています。


桜の通り抜け通路
通り抜けの「今」を守る現役桜守の奮闘(造幣局貨幣部施設課技能長 渡邊秀勝)

私は平成3年4月に入局し1ヶ月間の研修の後工作課営繕係(現施設課保全係)という部署に配属されました。配属されて初めての仕事、それは先輩職員に桜の通り抜け通路に連れて行かれ桜樹についた毛虫を取ること(害虫駆除)でした。思い返せば配属された時から桜に携わっているのだなとしみじみと感じます。
桜にまつわる諺といえば「桜伐る馬鹿、梅伐らぬ馬鹿」が有名です。桜は枝を切るとそこから腐りやすくなるので切らないほうがよく、梅は枝を切らないと無駄な枝がついて花が咲きにくくなるので切ったほうがよいとされているためで、歴代の桜の担当者は諺どおり枝をできるだけ切らずに支柱や縄での吊り上げ等で手入れを行っていました。
ただ、これまでの経験上、支柱で押し上げたり、吊り上げたりすると負担がかかってしまうのか、その枝は枯れることが多く、逆にそのようなことをしなくていい程度に枝を切ってあげたほうが桜樹に負担をかけず良いのではないかとの考えから、私が担当者になってからは花が咲く前までに切除(剪定)を行うようにしています。これは、桜の通り抜けで観覧されるお客様が垂れた枝や支柱により被害に遭うことなく安全に通行していただくためでもあります。
また、冒頭に書いた害虫駆除ですが、春に発生する毛虫と秋に発生する毛虫がいます。
いずれの毛虫も博物館を訪れるお客様や工場見学にお越しになるお客様が被害に遭わないよう気をつけて駆除していますが、秋に発生する毛虫に関しては一般的に桜樹の葉を全て食べつくされると来春に花が咲かなかったり、開花期がずれたりするおそれがあるといわれているため特に気を付けて駆除しています。


桜樹の管理を行う筆者

桜の通り抜けの桜は本数が多く、また多くの品種が植えられています。品種を増やすためには購入することになりますが、購入した後通り抜け通路に直接移植する場合と、一旦養成地に移植して時期をみて通り抜け通路に移植する場合があります。
本数を増やすためには、購入する場合と接ぎ木を行う場合があります。購入する場合は先述と同じく直接通り抜け通路に移植するか養成地に移植しますが、接ぎ木の場合は通り抜けに移植できる大きさに育つまで養成地にて育成します。
ご参考までに造幣局で行っている桜樹管理の年間スケジュールを表に示しました。

現在、通り抜けにある桜は樹齢50年を超えるような古木が多くあります。一般に桜の寿命は40~60年といわれており、品種や本数をどう維持していくか難しい課題ではありますが、これからも多くのお客様に安全に桜の通り抜けを楽しんでいただけるよう努めていきたいと思っています。

表:桜樹管理作業年間スケジュール
作業内容
4月 育成調査・枯枝切除・枝剪定・病害虫駆除・蘖(ひこばえ)切除
5月 育成調査・病害虫駆除・蘖(ひこばえ)切除
6月 育成調査・病害虫駆除・蘖(ひこばえ)切除・散水
7月 育成調査・散水
8月 育成調査・散水
9月 育成調査・病害虫駆除・散水
10月 育成調査・病害虫駆除・散水
11月 育成調査・病害虫駆除・散水
12月 育成調査・外科処置・伐採
1月 育成調査・シュロ縄替・支柱替・外科処置・伐採
2月 育成調査・シュロ縄替・支柱替・枝剪定・移植(外注作業)
3月 育成調査・枯枝切除・シュロ縄替・支柱替・枝剪定・移植(外注作業)

育成調査 桜の状態(良・注意・枯)調査及び記録
枯枝切除 枯れている枝の切除
枝 剪 定 枝の密集状態の間引き、通行の妨げとなる枝の切除
病害虫駆除 菌類(キノコ等)、害虫(毛虫・カミキリムシ等)の駆除
蘖(ひこばえ)切除 根元から新たに生える芽(蘖が栄養を奪うため桜樹にいく栄養が少なくなる)の切除
散  水 構内樹木自動散水の設定(100か所以上)
外科処置 腐朽菌やキノコ類の処置(患部切除・殺菌剤塗布等)
伐  採 立ち枯れの枝切除
シュロ縄替 支柱固定縄交換(2年毎)
支 柱 替 腐食等した支柱を新たな支柱等に交換
移  植 購入した又は養成地にある桜樹を通り抜けに植えること
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