「欽明門」
明治5年(1872年)、明治天皇が近畿・中国地方に行幸される際、造幣局をご視察されることになり、京都御所を出発し、造幣局の桟橋に到着され、上陸された場所にあったのがこの「欽明門」です。(現在地より北に約10mの地点にありました。)
「鉄柵」
明治元年(1868年)、当時大阪府知事であった後藤象二郎が、大坂城内に動物園を作るために輸入された鉄柵でしたが、中止になるというのを聞きつけた造幣局判事の進言により、これを譲り受けたいと懇願し、井上馨の仲介で建設中の造幣寮に貰い受け、工場の周囲に張り巡らしたものです。