無形文化遺産貨幣セット

文化的・自然的な遺産を保護するための世界遺産条約には含まれない、世界各国に存在する伝統的な音楽、舞踊、演劇、工芸技術といった無形の文化を保護するため、無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産保護条約)が平成18年(2006年)4月に発効しました。この条約は、ユネスコにおいて「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」の作成を定めています。
本条約の発効以前は、ユネスコの基準を満たす無形文化遺産は、「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言」」として保護されており、日本からは、「能楽」、「人形浄瑠璃文楽」「歌舞伎(伝統的な演技演出様式によって上演される歌舞伎)」が傑作として保護されていました。これらの傑作は平成20年(2008年)10月に本条約の代表的一覧表に登録されました。
 また、平成21年(2009年)9月に行われたユネスコ無形文化遺産保護条約に関する第4回政府間委員会の決定により、日本からの13件を含む76件の無形文化遺産が一覧表に記載されました。
その後も、5件の無形文化遺産が一覧表に記載されました。
造幣局では、これまでに「能楽」、「人形浄瑠璃文楽」「歌舞伎」及びユネスコ無形文化遺産保護条約に関する第4回政府間委員会の決定により登録された13件(※)の無形文化遺産の登録を記念した貨幣セットを販売しています。

(※)①雅楽(ががく)、②小千谷縮・越後上布(おぢやちぢみ・えちごじょうふ)、③石州半紙(せきしゅうばんし)、④日立風流物(ひたちふうりゅうもの)、⑤京都祇園祭の山鉾行事(きょうとぎおんまつりのやまほこぎょうじ)、⑥甑島のトシドン(こしきじまのとしどん)、⑦奥能登のあえのこと(おくのとのあえのこと)、⑧早池峰神楽(はやちねかぐら)、⑨秋保の田植踊(あきうのたうえおどり)、⑩チャッキラコ(ちゃっきらこ)、⑪大日堂舞楽(だいにちどうぶがく)、⑫題目立(だいもくたて)、⑬アイヌ古式舞踊(あいぬこしきぶよう)

無形文化遺産貨幣セットで紹介している無形文化遺産は以下のとおりです。

1.能楽

能楽は、笛・小鼓・大鼓・太鼓の伴奏音楽にのせ、歌い舞って進行する音楽劇の「能」と滑稽なセリフ劇である「狂言」の総称であり、観阿弥と世阿弥によって室町時代に大成されました。
両者は14世紀頃から同じ舞台で交互に上演されるなど一体となって継承され発展しました。極端に簡素な表現形式によって人の感情を繊細に表現する能と、明朗なセリフによって庶民の生活にみられるさまざまな笑いを描く狂言は、後の人形浄瑠璃文楽や歌舞伎にも大きな影響を与えた我が国を代表する伝統芸能の一つです。

 (イメージ)貨幣セット 能楽の画像
「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」
貨幣セット 能楽

2.人形浄瑠璃文楽

文楽とは、わが国の伝統的な人形劇であり、世界に誇りうる高度な舞台芸術です。文楽というのはもともと、この人形劇を上演する劇場の名前でしたが、後に芸能そのものをさすようになり、現在では、正式の名称として使われています。
文楽がこの名で呼ばれるようになったのは、大正の終わりごろからで、それまでは、“操り浄瑠璃芝居”あるいは、“人形浄瑠璃”といいました。つまり、“浄瑠璃”にあわせて演じる操り、すなわち人形芝居という意味です。そして、文楽が世界に誇れる芸術という理由も、“浄瑠璃”の高度な戯曲・音楽性と独特の人形操法、一体の人形を三人がかりで操る“三人遣い”の様式にあります。
それにより、人形の写実的な動きが可能となり、浄瑠璃と一体となって舞台上で高い芸術性を示します。

 (イメージ)貨幣セット 人形浄瑠璃文楽の画像
「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」
貨幣セット 人形浄瑠璃文楽

3.歌舞伎

歌舞伎は演劇、舞踊、音楽の要素を併せ持った日本独自の伝統芸能です。およそ400年前、出雲の阿国によって始められ、歌舞伎、若衆歌舞伎、野郎歌舞伎を経て現在の形式となり、すべての役は男性の俳優によって演じられ、女性役も女形と呼ばれる男性俳優が演じます。演劇的な内容としては、歴史的事実から題材をとった時代物とその当時の庶民の生活を描写した世話物などに分けられます。

 (イメージ)貨幣セット 歌舞伎の画像
「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」
貨幣セット 歌舞伎

4.雅楽

雅楽は、わが国に古くから伝わる「神楽(かぐら)」「東遊(あずまあそび)」などの音楽と舞、6世紀以降に主として中国大陸や朝鮮半島を経由してわが国にもたらされた外来の音楽と舞が日本独自に変化して整理された管弦と舞楽、平安時代に作られた「催馬楽(さいばら)」「朗詠(ろうえい)」と呼ばれる声楽曲の総称であり、長く宮中を中心に伝承されてきました。
宮内庁式部職楽部は、宮中の儀式、饗宴、園遊会などの行事において雅楽を演奏するほか、春・秋の定期公演をはじめ、国立劇場や地方での公演で雅楽を公開しています。

5.小千谷縮・越後上布(おぢやちぢみ・えちごじょうふ)

新潟県の魚沼地方特に塩沢・小千谷地区は古来より上質の麻織物を産し、江戸時代には上布と称して幕府へも上納され、帷子(かたびら)として着用されました。この時代以降、布の原料である苧麻(ちょま)は会津地方に産する良質のものが使用され、また、それまでの平織に工夫を加えた縮も作られるようになり、生地を薄く軽く作る技術の向上がみられます。雪が苧麻の繊維に適度な湿気を与え、また雪上の晒(さらし)が漂白に役立つ等という雪国の自然環境と風土とが生産の大きな条件でした。
これらの技術は雪国としてのこの地方の文化の特質を有するとともに、原料から加工技術の全般にわたって純粋に古法を伝えていて貴重な存在です。

6.石州半紙(せきしゅうばんし)

島根県の西部、石州(せきしゅう)の地域では、10世紀初めには既に製紙が行われ、江戸時代には、石州で漉かれる半紙(はんし)という規格(大きさ)の紙が、大坂商人たちの帳簿用紙として重用され、石州半紙の名が広まりました。もとは農家の副業であったが、20世紀後半に技術者は次第に専業化し、現在は、石州半紙技術者会会員とその3軒の家族によって伝統技術が伝承され、数名の若い後継者が技術を学んでいます。
原料は3年間育てた地元産の楮(こうぞ)で、日本特有の「流(なが)し漉(ず)き」と呼ばれる製紙技法で、楮の繊維から紙を作ります。石州半紙の最大の特色は、3,000回以上折り曲げてもちぎれない強靭さであり、これは、独特の原料処理方法に代表される、地元産の自然の素材を活かす伝統技法によって生み出されます。現在の用途は、障子紙や書画用紙などです。

7.日立風流物(ひたちふうりゅうもの)

日立風流物は、日立市宮田地区の鎮守である神峰神社の祭礼に東町、北町、本町、西町の4地区の人々が山車を出して行われる行事です。山車は高さ15メートル、幅3~8メートル、重量5tという巨大なもので、5層構造の屋形を乗せています。この屋形の各層に人形芝居の一場ずつを配して、「源平盛衰記」、「仮名手本忠臣蔵」などの人形芝居が演じられるものです。屋形が左右に展開して演じられる人形芝居は人形の早変わりなどが綱の操作によって連動して演じられるなど、全体の調和や変化のみられる興味深い祭礼です。

8.京都祇園祭の山鉾行事(きょうとぎおんまつりのやまほこぎょうじ)

京都祇園祭の山鉾行事は京都市東山区祇園に祀られる八坂神社の祭りに行われる行事で、夏に発生しやすい疫病を除けることを祈願して行われます。1,000年近く前から始まったとされ、14世紀から15世紀には山形に松等の常緑樹を挿した舁山や屋根の上に真木がそびえる鉾等が出る祭りとしての形が整い、16世紀末頃には京都の町衆の富と心意気を示すように豪華絢爛な織物などを幕として懸け、錺金具や彫り物などにも凝るようになりました。
この行事は巡行の順番を決めるくじ取りや山・鉾建て、宵山、32基の山鉾による巡行など多彩な行事が行われ、それらの行事が町中(ちょうじゅう)と呼ばれる組織によって運営されているなどの特色が見られる。我が国の夏祭りの発生や変遷を知る上で欠かすことのできない祭礼です。

9.甑島のトシドン(こしきじまのとしどん)

甑島のトシドンは、東シナ海に浮かぶ下甑島に伝わる来訪神の行事です。大晦日(12月31日)の夜、トシドンと呼ばれる神に扮装した男性たちが子供のいる家々を訪れ、悪い子供を戒めます。トシドンは、長い鼻に大きな口の奇怪な面を被り、藁蓑などを纏って現れ、大声で子供を脅かしたり、よい子になるよう諭したりし、最後に年餅と呼ばれる大きな餅を子供に与えて去って行きます。年の初めや季節の変わり目に神々が訪れて人々に祝福を与える、あるいは、神々が訪れることで年が改まる、という日本人の民間信仰や神観念を伝える行事です。

10.奥能登のあえのこと(おくのとのあえのこと)

奥能登のあえのことは、稲の生育と豊作を約束してくれる田の神を祀る儀礼で毎年12月と2月に行われます。収穫後の12月は、田の神を田から家に迎え入れて、風呂に入れたり、食事を供したりして、収穫を感謝します。そして耕作前の2月になると、再び風呂に入れたり、食事を供したりして、田の神を家から田に送り出して豊作を祈願します。この儀礼は、家の主人が中心となって執り行い、目に見えない田の神があたかもそこに実在するかのようにふるまいます。稲作に従事してきた日本人の基盤的生活の特色を典型的に示す農耕儀礼です。

11.早池峰神楽(はやちねかぐら)

花巻市大迫町大迫の大償(おおつぐない)・岳(だけ)の2地区に伝承される神楽で、もと早池峰山を霊山として信仰した山伏によって演じられました。明治以降、一般の人々が伝承するようになり、現在では早池峰神社の8月1日の祭礼などに演じられます。
神楽は、まず一定の決められた演目を演じることになっており、これを式舞といいます。式舞には「鳥舞」「翁舞」「三番叟」「八幡舞」「山の神舞」「岩戸開」の6曲があります。式舞の後は、神舞、荒舞、番楽舞、女舞、狂言が演じられます。これらすべての舞の最後には、権現様と呼ばれる獅子頭による「権現舞」が舞われています。
早池峰神楽は、室町時代に能が大成する以前の姿をうかがわせるなど特色があります。

12.秋保の田植踊(あきうのたうえおどり)

年の初めに稲の豊作を予め祝うことによってその年の豊作を願う芸能で、もとは小正月に行われていたが、現在は湯元(ゆもと)、馬場(ばば)、長袋(ながふくろ)ともに社寺の祭礼時に踊られています。
踊り手は、道化役と口上役を兼ねた弥(やん)十郎(じゅうろう)2名、鈴ふり2名、10名前後の早乙女で、笛や太鼓の囃子にのせ、田植えの様子を美しく振り付けた踊りを次々と踊ります。演目には「入羽(いれは)」「一本そぞろき(一本扇)」「鈴田植」「二本そぞろき(二本扇)」「銭太鼓」「太鼓田植」などがあります。また余興として「春(はる)駒(こま)」「鎌倉踊」など数曲の踊りが伝えられ、その一部には江戸初期の歌舞伎踊の姿をうかがわせます。

13.チャッキラコ(ちゃっきらこ)

「左(さ)義(ぎ)長(ちょう)の舞」「初瀬踊」ともいわれる小正月の芸能です。三崎の仲崎(なかざき)と花暮(はなぐれ)地区に伝承されており、1月15日、三崎の海南神社で一踊りしたあと、町内の家々をめぐって踊られます。
踊りには「はついせ」「チャッキラコ」「二本踊」「よささ節」「鎌倉節」「追い狭い理」の6つがあります。踊り手は少女が務め、女性の唄にあわせ、晴れ着姿でそれぞれ扇や綾(あや)竹(だけ)(チャッキラコ)を手にして踊ります。
チャッキラコは、近世初頭に流行した小歌踊をしのばせるなど特色があります。

14.大日堂舞楽(だいにちどうぶがく)

八幡平の大日堂で正月2日に演じられる芸能で、伝承では、養老年間(717~24)に都から下向した楽人によって伝えられた舞楽がその起源とされています。大里(おおさと)、谷内(たにない)、小豆沢(あずきさわ)、長嶺(ながみね)の4集落がそれぞれ異なる舞を伝承しており、能衆(のうしゅう)と呼ばれる人々が世襲で舞を継承しています。
4集落の能衆による「神子(みこ)舞」と「神(か)名手(なて)舞」、小豆沢の「権現舞」と「田楽舞」、大里の「駒舞」「鳥舞」「工匠(こうしょう)舞」、長嶺の「烏遍(うへん)舞」、谷内の「五(ご)大尊(だいそん)舞」の9演目が伝承されており、仮面をつけたり採物(とりもの)を持つなどして笛や太鼓の囃子で舞われています。
大日堂の舞楽は、演じ手の所作などに中世の芸能の古風さをうかがわせ、また、当地で独自に変化をした諸相をみせ、特色があります。

15.題目立(だいもくたて)

奈良県東北部の上深川の八柱(やはしら)神社の秋祭(10月12日)において、数え17歳の青年たちを中心に演じられる語り物芸です。
「厳島」「大仏供養」「石橋山(いしばしやま)」の三番が伝承されています。若者達は本殿下の舞台に立ち並び、台詞の順番と役名が告げられると名乗りを上げ、続けて会話体につづられた長い物語の詞章を謡うように語り、物語の登場人物を一人一役で語ります。語りの最後には「フショ舞」が舞われます。演者の一人が扇をかかげ、足踏み強く舞います。
題目立は、類例の少ない語り物の芸能であり、中世の芸能の姿をうかがわせるなど特色があります。

16.アイヌ古式舞踊(あいぬこしきぶよう)

北海道に居住しているアイヌの人々によって伝承されている歌と踊りで、アイヌの主要な祭りや家庭での行事などに踊られます。
踊りにあわせて歌われる歌と踊りを「リムセ」といい、座って歌われる歌を「ウポポ」といいます。踊りには、祭祀的性格の強い「剣の舞」「弓の舞」のような儀式舞踊、「鶴の舞」「バッタの舞」「狐の舞」のような模擬舞踊、「棒踊り」「盆とり踊り」「馬追い踊り」などの娯楽舞踊、さらには「色男の舞」のような即興性を加味した舞踊などがあります。
アイヌ古式舞踊は、アイヌ独自の文化に根ざしている歌と踊りで、芸能と生活が密接不離に結びついているところに特色があります。

 (イメージ)無形文化遺産貨幣セット(2009年登録版)の画像
無形文化遺産貨幣セット(2009年登録版)
(この貨幣セットは、4.雅楽から16.アイヌ古式舞踏までの無形文化遺産を紹介しています。)