2階展示室 主な展示品

創業時の功労者

創業時の功労者の画像

造幣局が誕生する過程において活躍した新政府の高官やお雇い外国人を紹介しています。

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映像シアター

映像シアターの画像

造幣局の創業当時の様子などの映像を、模型や照明の演出によって、わかりやすく紹介しています。

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試金煙管

試金煙管の画像

銀製であり、金品位999から700まで七つの金合金の星がはめ込まれ、横に「併以権試金位」 (あわせもって金位を権試す)と彫り込んであり、久世喜弘が金を鑑定する簡易な道具として愛用していたものです。

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天秤

明治9年(1876年)9月に工作方技師大野規周が製作したもので、金貨などの製造貨幣の重さを量るのに 使用されました。

天秤の画像

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ガス燈

明治4年(1871年)の創業当時、構内や付近の街路に立てられた65基あった 屋外照明用のガス燈のひとつで、その明るさは当時、ろうそくや行灯の灯りしか知らなかった 大阪の人々を驚かせました。 このほか工場や宿舎用の室内照明用として621基が設置されていました。(合計686基)

ガス燈の画像

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洋式帳簿

洋式帳簿の画像

V.Eブラガの指導により、わが国で初めて導入した洋式帳簿です。ペンとインクによる記帳をしたもので、 使用しないときは鍵をかけて保管するようになっており、当時の管理の様子が窺える貴重な帳簿です。

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和英語林集成(和英辞典)

和英語林集成(和英辞典)の画像

慶応3年(1867年)、わが国には、まだ、活字印刷技術がなかったので、当時上海にあった米国協会の印刷所で、 1,500部限定印刷された日本最初のヘボン式和英辞典です。これは、創業当時キンドル(造幣首長)が使っていたものです。

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自動天秤

正しい量目の金貨幣を製造するため、円形をオートマンといわれた自動天秤にかけて一枚ずつ重さを量り選別していました。

自動天秤の画像

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手まわし計数機

明治3年(1870年)に工作方技師大野規周が製作したもので、一回転で貨幣24枚を計数することができ、金・銀・銅貨幣の 計数に使用されていました。

手まわし計数機の画像

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硫酸ソーダその他工業製品製造設備の模型

創業当時、造幣寮では金銀の分離精製や貨幣円形の洗浄に多量の硫酸を必要とし、これを自給するために、明治5年(1872年)に硫酸製造所を開設し、硫酸の製造を開始しました。
模型の硫酸ソーダ、粗製ソーダ、ソーダ塩製造設備は、当時、化学の大家と仰がれた宇都宮三郎の設計・監督により製作されたもので、平成20年度近代化産業遺産に登録されました。

硫酸ソーダその他の工業製品設備の模型の画像

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東京オリンピック入賞メダル

東京オリンピック入賞メダルの画像

第18回オリンピック夏季競技大会は、昭和39年(1964年)10月に東京都で行われました。オリンピックメダルの規格は現在では決められていませんが、平成12年(2000年)のシドニーオリンピックまではオリンピック憲章で決められており、金メダルは銀台に6g以上の金メッキを施し、銀メダルは純度1,000分の925以上(わが国の場合純銀を使用)、各メダルとも競技の名称を記載しています。

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長野オリンピック入賞メダル

長野オリンピック入賞メダルの画像

第18回オリンピック冬季競技大会は、平成10年(1998年)2月に長野県で行われました。入賞メダルの表面のデザインは、オリーブをあしらったリング状の外枠の中に「朝日」を蒔絵で表現し、中心には七宝で仕上げたエンブレムが描かれています。 また裏面は、信州の山々の朝焼けを蒔絵で表現し、競技種目ごとの区別をピクトグラム(絵文字)で表しています。

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国民栄誉賞の盾

国民栄誉賞は、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えて、すぐれた業績のあった人に、国がその栄誉を讃えるために贈る賞として、 昭和52年 (1977年)に政府が創設しました。造幣局は10人目の故長谷川町子氏の受賞分から製造しています。

国民栄誉賞の盾の画像

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